大判例

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東京高等裁判所 昭和44年(う)212号 判決 1969年4月30日

本籍

千葉県佐原市佐原イ五一三番地

住居

同県市川市市川四丁目三番二号

会社役員

八木清

大正一一年六月二〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四三年一二月七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、審理して次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人出射義夫提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事古谷菊次提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。

所論は、原判決の量刑は、被告人に対し執行猶予付き懲役刑を科するにとどまらず、これに併せて所定の罰金刑の多額五〇〇万円に近い四五〇万円の罰金刑をも科した点において重きに過ぎて不当である、と主張するので、按ずるに、原判決挙示の証拠を総合し、これを発生主義に則り考察すれば、本件において被告人が原判示第一の昭和三八年度所得税一、一二四万四、二六〇円および同第二の昭和四〇年度所得税五七二万四、九四〇円(以上合計一、六九九万九、二〇〇円)を原判示不正な方法により逋脱したことを認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査検討しても、原判決には事実の誤認を疑うべき事由を見いだすことができない。そして証拠上認められる本件各犯行の不当な審判の動機、態様、逋脱税額、計画性等に照らし、犯情甚だ悪質であつて、被告人の刑量は重いものというべく、被告人の年令、経歴、犯罪後の情況、特に被告人に改悛の情の必ずしも認め難いこと等記録ならびに当審における事実取調べの結果に現われた諸般の情状をも併せ勘案するときは、被告人が廷滞税を含む正規の税額および所定の重加算税として合計二、八五一万五、九八二円の納付を了していることその他所論の事情一切を考量しても、前記逋脱にかかる税額合計一、六九六万九、二〇〇円およびこれに対する決定の延滞税を納付すべきことは、納税義務者として当然の事理に属し(逋脱税額の納付により逋脱による不正の利益は逋脱者から剥奪されることになる。)また、被告人が昭和三八年および昭和四〇年の両年度分の重加算税として合計五〇五万円余を納付したことも、租税収入の確保を図ることを目的とする行政罰的制裁に服したに過ぎないから、逋脱の手段たる不正な行為に窺われる逋脱者の反社会性ないし反道徳性に着目した刑事罰を科する妨げとなるいわれはなく(昭和三三年四月三〇日最高裁判所大法廷判決参照)、原判決が被告人を懲役六月、執行猶予二年の刑に処したほか、これに併せて刑法第四八条第二項により原判示第一および第二の各罪につき定めた罰金の多額五〇〇万円の合算額一、〇〇〇万円の範囲内で被告人を罰金四五〇万円に処した量刑の措置はまことに相当であつて、重きに過ぎて不当であるとは認め難く、なお、原判決が所定の罰金額の多額五〇〇万円を基準として、これに近い罰金額を量定したもののごとくに主張する所論は、原判決が適用した前記刑法の条項を正解しないかまたはこれを看過した独自の見解であつて、とうてい採用することができない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

検事 古谷菊次 出席

(裁判長判事 山田蔵之助 判事 山崎茂 判事 中村敬一郎)

昭和四四年(う)第二一二号

控訴趣意書

所得税法違反

被告人 八木清

右被告事件の控訴の趣意は左のとおりであります。

昭和四十四年二月二十八日

右弁護人弁護士 出射義夫

東京高等裁判所第三刑事部 御中

原判決の量刑は不当である

原判決は罪となるべき事実として、被告人の昭和三八年度における実際課税所得を二、七二七万三、一〇〇円、逋脱額を一、一二四万四、二六〇円と、昭和四〇年度における実際課税所得を一、九二七万三、三〇〇円、逋脱額を五七二万四、九四〇円とそれぞれ認定し、(昭和三九年度は訴追されていない)、被告人に対し懲役六月(二年間刑執行猶予)罰金四五〇万円の刑を言渡したが、以下述べる理由によりその量刑は不当で破棄さるべきものと思料する。

(一) 原判決の認定した課税所得中、申告洩れとなつた大部分の所得は事業所得、特に手形割引による割引料収入であることは判決書添付の修正損益計算書および手形割引料収入明細書によつて明らかである。これらの手形の中には被告人のメモあるいは銀行調査によつて銘柄、日歩、割引日が特定できるものと、被告人の記憶によるとして特定したものとがあり、記憶によつて割引日および日歩を認定した点に、推計課税の合理性につき疑問の点があり、所得の期間配分に不正確な点が存するが、これらの点は特に事実誤認として採りあげないこととした。ただ、原審において弁護人は一部の手形割引は物権的手形売買であるので、かような手形売買については一般の金融のための手形割引の末収収益(前受利息)の会計処理と趣を異にし、商品売買と同様、手形金回収の時点で収益として計上すべきであると主張したのであるが、若しかような計算をすれば、昭和三八年度の所得は原判決の認定した額よりはるかに減少し、昭和三九年分のみ起訴から除外するという奇異な感のある起訴にはならず、全体として均整のとれた訴追の形式になつた筈であるという点を情状として指摘するにとどめる。

このことは、不渡りの多く出た昭和三九年度になつて債権貸倒償却の方式でなし崩し的に損失の計上をしたため生じた不均衡であつて、手形金回収の時点で収益を計上する方式をとれば、昭和三八年度においては受取手形は棚却資産と看做され、事業所得は減少し、全体を通じて逋脱額も少なく認定される筈であつて、後に述べる税法犯に対する罰金額を逋脱額を基準として量定する旧来の科刑基準の上では甚だ不利になつていることを事情として考慮して戴きたいのである。

(二) 原判決の認定した逋脱額は二年度合計約一、六九六万九、〇〇〇円であるのに対し、被告人は両年度にわたり重加算税を含め国税および地方税として計二、八五一万五、九八二円を完納しているのであり、これは実質的には逋脱額の一、七倍の制裁的追徴を履行しているのである。

税法犯に対する財産刑はいわゆる罰金を損害賠償と解した定額刑主義(美濃部「行政刑法概論」一九四頁)から始まり、これを改めて、申告納税制度発足と共に重加算税の制度と採用し、逋脱に対する税法的制裁および逋脱による利得の剥奪は加算税を課することによつて達成しようとする建前に脱皮したことは公知のとおりである(シヤープ勧告、板倉宏「租税刑法の基本問題」二八頁以下各参照)。

重加算税の賦課と刑罰としての罰金刑とが憲法三九条の二重処罰にあたるか否かについては、未だ完全な解決に達したとは言い難い、昭和三三年四月三〇日最高裁判決(民集一二巻九三八頁)は一応「刑罰は脱税者の反会社性ないし反道徳性に着目した制裁であり、旧法人税法の追徴税は納税義務違反の発生を防止し納税の実を挙げんとする行政上の措置であるから憲法三九条に反しない」旨を判示したが、この解釈は法律論として正しいとしても、本件のように既に逋脱額の一、七倍に相当する追加的納税を完全に履行した被告人に対し自由刑の他に四五〇万円という到底道義的非難としての刑としては考えられない莫大な罰金額を科した原判決の量刑には、実質的には二重処罰的制裁を科したという疑いを払拭することはできない。

この点を解決するには、行政的措置としての罰科的税を完納した者に対しては、一般犯罪に対する罰金刑との均衡を保つた罰金刑にとどめることによつて、実質的二重処罰を避ける配慮をするか「これはジユリスト憲法判例百選五八頁以下の田宮氏の所説)、立法的に、間接税の通告処分を履行した者に一事不再理を適用する建前と歩調を合はせるため、直接国税についても罰金制の納付をした場合には、重加算税の賦課を取消す立法を考慮する要がある(この立場については三晃社「コンメンタール国税通則法」Ⅰ(七九頁参照)現行法下においては、税法犯の罰金を「名は刑罰なるも脱税に対する賠償処分」(大判、明治四〇年一〇月一〇日刑録一三輯一七二頁)であるとした定額罰金主義時代を脱し、前記大法廷判決判示のように、反道徳性に対する刑であることを明確に意識して罰金刑を量定することによつて二重処罰的実質を回避する以外に解決の途はないと信ずる。

(三) このことは、所得税法第二三八条第一項と第二項を対比すると一層明白になると考える、第一項の法定刑は三年以下の懲役若しくは五〇〇万円以下の罰金である。これは明らかに一般的な道義的非難としての法定刑を定めたものであつて、税法犯に対しては、情状いかんに拘らず、脱税額に一定倍率をかけた定額の罰金刑を科すこととした時代と異り、自由刑か、若しくは五〇〇万円以下の財産刑を選択的に科す原則を明らかにしているのである。しかるに検察実務上は原則的に併科しまたは、安易に二項を適用して五〇〇万円を越える罰金刑を求刑し、裁判所もこれを踏襲している実情は、税追徴的主義を持たせようとする旧観念に執着しているもので、現行税法の刑罰の意義を没却している。

第二項は情状により罰金の上限を逋脱額にまで高め得ると規定しているが、この情状とは、主として重加算税等の追徴的納税を履行しないことによつて、第一項による罰金刑をもつてしては、なお脱税者に不当に利得せしめる場合における情状と解すべきであつて、逋脱額が五〇〇万円を越える場合に安易に二項を適用すべきではない、制裁的納税を履行した者に対し、特に反道義性の点で重い刑を課す必要があれば自由刑を加重すれば足りるわけであるが、第二項は自由刑の加重は規定していない原判決は被告人に対し懲役六月(二年間刑の執行猶予)および罰金四五〇万円を言渡した。

この罰金額は、第一項の最高額にほぼ近い、これは前述のように二重処罰の実質を避ける刑としても、法第二三八条第一項と第二項との関係から判断しても、甚だしく苛酷であり被告人が既に完納した二、八五一万と合算すれば、実に三、三〇〇万円の財産的制裁を科した結果になるのであつて甚だ不当である。

(四) 右の外、本件被告人の情状として特に注意を願いたい点は、前に述べたように、昭和三九年度の申告洩れが起訴するに足る金額でなかつたことである。これは原判決説示のように継続的な手形割引業であつたとすれば奇異の感なきを得ない点である。被告人は金融業を一部営業目的とする和孝商事株式会社その他数社の代表取締役社長であり、著名な旧家の当主であるが、右和孝商事株式会社に法人税法違反の疑いがあるとして国税局から査察を受け長期にわたる調査を受け、会社の法人税法違反の資料がなかつたため、被告人個人および被告人の老父個人のサイドウアークに所得税法違反ありとして、本件訴追となつたのであつて、(実父清兵衛については東京高等裁判所第四刑事部昭和四四年(う)第二一三号として係属中)当初は友人を救済するために手形を割引いてやり、それが不渡になる等の事情もあつて、昭和三九年度は事業所得の面ではむしろ赤字になるくらいであつたのである。また、手形割引による収入を表帳簿に計上し正規の申告をしなかつた当初の動機は知人の経営する会社が正規の金融機関から融資を受けられない程度に経営不振におち入つたのを救済するために金融し、このことを外部に秘匿するためであつたことも考慮していただきたい。

以上彼此綜合し、逋脱犯の一般的法定刑である所得税法第二三八条第一項の罰金最高額たる五〇〇万円の最高に近い四五〇万円の罰金刑を言渡した原判決の科刑は重きに失すると思料する。以上の理由により刑事訴訟法第三八一条により控訴を申立てた次第である。 以上

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